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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和60年(う)69号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人関根栄郷、同弘中徹、同田中寛が連名で提出した控訴趣意書に記載されているとおりであるからこれを引用し、これに対し次のとおり判断する。

控訴趣意中、公訴権濫用の主張を排斥して不法に公訴を受理した違法がある旨の主張(第一の三)について所論は、「本件各公訴の提起は、いずれも憲法一四条の法の下の平等の原則に違反する差別捜査に基づいてなされたものであつて、ひいては同法三一条の適正手続き条項に違反するものであり、また、本件は、被告人種子田益夫(以下、単に「被告人」と略称することがある。)が、多額の債務を負担している原判示姫野早美を助けてやろうという動機から建物を建築して賃貸したものであり、右動機や知情性(の稀薄な点)、その他被告人の前歴等を斟酌すると、起訴猶予処分に付するのが相当な事案である。従つて、すべからく同法三三八条四号の規定を準用ないしは類推適用して本件各公訴を棄却する旨の判決がなされるべきであるのに、原審が、これらの点についての弁護人からの各公訴棄却の申立を排斥して、かかる措置をとらなかつたのは、不法に公訴を受理した違法を犯したものである。」というものである。

そこで検討するに、この点については、原判決が、(若干の争点に対する判断)の四において説示するところであり、当裁判所も結論においてこれを正当として肯認することができ、原判決には所論のような違法はない。所論にかんがみ若干付言する。

所論はまず、被告人らに対する本件捜査及び起訴は差別捜査、起訴である旨主張する。なるほど、弁護人提出の各種資料及び証人浜砂義憲の原審公判廷における供述をはじめ関係各証拠によれば、原判決説示のように、一般的に、いわゆるトルコ風呂においては売春が常態化しているが、その割にはトルコ風呂における売春関係事犯の取締り状況はいかにも手ぬるく、特に金融機関や建物所有者が売春防止法一三条違反として追及されることは殆どないというのが実情であり、このことは宮崎県下においても例外ではなく、本件を除いてその例をみないものであることは、これを窺知するに難くないところである。しかしながら、関係各証拠に顕われた本件捜査の経過等をみるに、本件「トルコ・ロールスロイス」を売春防止法違反のかどにより摘発することになつたそもそもの端緒は、右トルコ風呂店が他の同種トルコ風呂店にくらべて豪華で、料金も高く、遊客も多く、しかも同店内でいわゆるトルコ嬢による売春が行われているとの風評によるものであつて、それによつて捜査当局が内偵をすすめたところ、右トルコ風呂店の遊客数名を確保することができ、右遊客らから事情聴取の結果、同店においてトルコ嬢による売春が行われているとの確証を得たので、右遊客等の参考人供述調書などの証拠資料に基づいて、右トルコ・ロールスロイス店内の捜索差押許可状を得たうえ、同店内の捜索をしたところ、同店内から、売春の事実を裏付ける多数の証拠資料を差押えることができ、さらにその外に、同店のトルコ嬢ら数名からも売春の事実やその仕組み等に関する詳細な供述が得られたので、これらの証拠資料に基づいて、同店の経営者である姫野早美を売春防止法違反の容疑で逮捕し、同人を取調べたところ、同人の供述(自白)あるいは右差押え証拠資料に関する説明等から、被告人及び被告人丸益通商株式会社(以下、単に「被告会社」と略称することがある。)が、右トルコ・ロールスロイスの開設あるいは営業等について極めて深いかかわりを持つていることが判明し、とりわけ、いわゆる知情性についても、被告人が十分の認識を持つていたことを窺わせるに足りる証拠資料を収集することができたので、被告人に対する強制捜査にふみ切り、被告人を逮捕のうえ取調べた結果、被告人が、右知情性についての認識の点を含めて、本件容疑事実を全面的に認める詳細な供述(自白)をするに及んだので、公判での立証にも確信を得た検察官が、本件各公訴を提起するに至つたものであることを窺知することができる。してみれば、以上のような捜査、起訴に至る経緯及び事案の軽重、犯罪の情状、犯罪後の情況あるいは公判における立証についての本件捜査当局の予測ないしは確信等の諸点にかんがみると、本件につき本件捜査当局が、恣意的、差別的に被告人両名を捜査、起訴したものでないことが明らかであるといわざるをえない。

また、所論は、本件売春防止法違反による被告人の逮捕、勾留は、そもそも別件捜査の目的でなされたものであり、別件捜査の裏づけが取れないとみるや、やむなく被告人らを起訴したものである旨主張する。なるほど、証人一木芳水の原審公判廷における供述をはじめとする関係各証拠によれば、本件捜査当局が本件売春防止法違反で被告人を逮捕したころ、被告人に対し、本件の他にも何らかの犯罪の嫌疑をいだき、その点についても別途に捜査をしていたことが認められ、それによれば、本件の強制捜査と時を同じくして、他の事件の捜査にもあたり、相当多数の金融機関関係者らに対し、かなりの期間にわたり事情を聴取したり、関係資料の調査をするなどの捜査をしたものの、この件について被告人を逮捕することができるまでの証拠が得られず、右捜査はそれ以上進展した形跡がないことが窺われる。しかしながら、記録及び関係証拠によれば、本件逮捕・勾留の当時、被告人には本件売春防止法違反の罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、また勾留の必要性も認められたことが明らかであるから、右被疑事実によつての逮捕、勾留はそれぞれ理由のあるところであつて、しかも右逮捕、勾留中における被告人に対する取調べは、専ら当該被疑事実である本件売春防止法違反の事実に限られており、他の事件につき取調べられた形跡は見当たらないのであるから、本件逮捕、勾留を目して、これをいわゆる違法な別件逮捕、勾留であるということはできず、ましてや、「本件の逮捕、勾留は、当初より被告人に対する別件(他の事件)の捜査の目的でなされたもので、右別件(他の事件)の裏付がとれなかつたため、やむなく敢えて本件起訴に及んだ。」旨の所論指摘の事実の存在を窺わせるものは全く見当たらない。

さらに所論は、本件は起訴猶予処分に付しても相当な事案であつて、被告人らに対する本件各起訴は、訴追裁量権を逸脱したものである旨主張する。しかしながら、関係各証拠によれば、本件起訴当時において、被告人両名が本件売春防止法違反の罪を犯したことについては、十分な嫌疑のあつたことが明らかであり、しかも本件事案の罪質、犯行の動機、態様、結果及び犯罪後の情況並びに一身上の事情及び前歴等に徴すると、本件の犯情は悪質であり、明らかに起訴猶予を相当とするような軽微な事案とは到底認め難く、本件各起訴が訴追裁量権を逸脱したものであるなどとはとてもいえない。

以上みてきたとおり、被告人両名に対する本件捜査、起訴には何らの違法はなく、従つて原審が弁護人からの各公訴棄却の申立を排斥し、被告人両名に対し有罪の実体判決をしたのは正当というべきであつて、原審の右措置には何らの違法もない。所論は到底採用できず、論旨は理由がない。

控訴趣意中、事実誤認ひいては法令適用の誤りの主張(第一の一)について

所論は要するに、被告人は、被告会社の業務に関し、被告会社所有の本件建物を本件ロールスロイス観光株式会社に賃貸するに際し、同社代表取締役姫野早美が、トルコ嬢と称する売春婦に対し、右建物の浴場付個室を売春の場所として提供することを業とするものであることについては、その情を知らなかつたにもかかわらず、原判決が特信性、信用性のない右姫野の各検面調書及び任意性、信用性のない被告人の各検面調書に依拠してそれを肯認し、被告人両名に対し売春防止法一三条一項を適用したのは、右のいわゆる知情性について事実を誤認し、ひいては法令の適用を誤つたものであり、それが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を求めるというものである。

そこで、記録及び証拠物を調査し、かつ、当審における事実取調べの結果をも加えて検討するに、原判決挙示の証拠によれば、原判示事実は所論の点を含めて優にこれを認定することができ、記録を精査しても右認定を左右するに足りるものはなく、また当審における事実取調べの結果を加えて検討しても右事実認定に誤りがあると疑わせるに足りるものは何ら見出せず、原判決には所論のような事実誤認のかどはなく、ひいて法令適用の誤りもない。

即ち、原判決挙示の証拠によれば、

1  被告会社は、宮崎市吾妻町九番地に本店を置き、不動産業などを営んでいるものであり、被告人は右会社の代表取締役として、同会社の業務全般を総括しているものである。

2  被告人は、昭和五六年四月六日、知人に頼まれて、当時宮崎市内にあつた「トルコ花園」の雇われ社長をしていた前記姫野早美に、現金一、〇〇〇万円を弁済期同年六月三〇日との約定で貸与したが、右姫野が、同年六月末ころ、被告人方に来て、右借金を返済することができないことを詫び、「自分はトルコ(風呂)営業をやつてゆくしか能がない男である。トルコ(風呂店)用の建物を造つて貸してもらえば、借金も金利をつけて返せる。もう一度男にしてくれ。」と頼み込んだ。被告人は借金を返してもらいたいため、トルコ風呂営業が本当に儲かる商売であれば、それ用の建物を造つてやつてもよいという気になり、同人に対し、「トルコ営業というものは一体どれ位儲かるものか、資料を持つて来い。数字的にそれを見たうえで、借金を返せるかどうか、事業としてやつてゆけるかどうかを判断する。間違いなくやつてゆけるのであれば、トルコ用の建物を造つて貸してやつてもよい。」旨答えた。

3  すると、それから四、五日たつて、被告人方に姫野が来て、前に「トルコ立花」の店長をしていたときのものであるといつて、当時の宮崎市内の七軒位のトルコ風呂店の月毎の売上げ及び電話料、油代、電気料金、クリーニング代等の必要経費を記載した資料を被告人に見せた。そして、姫野は被告人に対し、自分に店をやらせてもらえば、一か月に八〇〇万円から一、〇〇〇万円以上の売上げを出してみせるなどと話した。そこで、被告人は、どうしてトルコ風呂営業がそんなに儲かるのかと同人に尋ねたところ、同人が、「店の売上げは、入浴料と『おとし』から上がる。『おとし』というのは『バツク』ともいつて、トルコ嬢が、入浴客と本番(性交)をして客からもらう金の中から店に納める金である。トルコ立花のころは、入浴料三、〇〇〇円、『おとし』が三、〇〇〇円で、この『おとし』が大きな収入源となり、これによつて店の売上げが大きなものになる。」などと話し、客数等のことをも説明した。さらに、同人は、経費の内訳の概要につき、「給料を払うのは従業員だけで、トルコ嬢には給料はない。従つて人件費は大してかからない。水道代、電気料金、油代などに一五〇万円位かかるが、家賃が毎月二〇〇万円ないし三〇〇万円かかり、一番高くつく、経費は雑費等も入れて五〇〇万円位である。」旨説明し、一か月に四〇〇万円位の純利益をあげることができる旨述べた。被告人は、それまでにも週刊誌等の記事によりトルコ風呂では売春が行われるとの認識を有していたが、姫野から以上の説明等を聞き、トルコ風呂営業の仕組みや収支の概要等を了解し、トルコ風呂営業がトルコ嬢の売春によりもうかるものとの認識をもつた。そして、被告人は、トルコ風呂営業については、警察の手入れを受けることがあると思い、姫野に対し、「捕まることもあるのじやないか。」と尋ねたところ、同人が、「実は自分も未成年者をトルコで使つていて警察に捕まり、只今執行猶予中である。しかし、トルコというところは、未成年者を使つたり、ヤクをやつたりしていると警察の手入れを受けることもあるが、それがなければ大目にみてもらえる。それに捕まつても店長どまりで、自分の右事件のときも経営者は捕まつていない。店を貸している者も捕まつていない。睦屋商事(不動産業者)は福岡の大手(トルコ業者を指す。)に店を貸しているが捕まつたことはない。社長(被告人のこと)も大丈夫です。」などと、トルコ風呂(用の建物)を貸してやつても、警察の手入れについては心配はいらない旨、盛んに説明した。そして、被告人は、トルコ風呂用の建物を造つて姫野に貸してやつても、警察に捕まることはなく、同人に対する貸金も返してもらえるし、家賃もはいるので儲かると考え、トルコ風呂用の建物を造つてもよいという気持になり、姫野に対し、「トルコ建築の場所を自分も探すから、お前も探せ。」と言い、姫野の頼みをききいれることにした。姫野は、被告人の厚意に感謝し、「社長の方へは足を向けて寝られません。」と礼を言い、また、「家賃は二五〇万円から三五〇万円まで払います。借金の方は、毎日の売上げの中から一〇万円ずつ払つてゆきます。」とも述べた。こうして、被告人がトルコ風呂用の建物を造つて、それを姫野に貸す旨の話は一応決まつた。

4  そこで、被告人は、昭和五六年七月初めころ、知人の不動産業者である株式会社紘和総業の代表取締役をしている髙山郁雄に、トルコ風呂用建物の建築用地を内密に探してくれと頼んだ。しばらくすると同人が、宮崎市橘通西三丁目にある林訓〓所有のチヤイナビルの地下はどうかと話を持つてきた。被告人は、姫野及び髙山とともに右ビルに赴き、右林に対し、「トルコ(営業)をやりたいので、地下を見せてもらいたい。」旨挨拶し、同ビルの地下を下見した。しかし、姫野が、「地下は駄目である。湯気がこもり、水をポンプアツプしなければ下水に流せない。」などと言つてこの話に当初から全く乗り気がなく、被告人も、中華料理店の地下がトルコ風呂ではぴんとこないと思い、右ビルの地下を借りることはやめにした。しかし、被告人は、右ビルの地下でなく、右ビルの前にある右林所有の駐車場用地のところならば、トルコ風呂(営業)に好適の場所であると考え、右林に、右駐車場用地を売つてくれと頼んでみたが、同人から即座に断わられた。ところが、右髙山が、右駐車場用地買収の件は、右林を説得してみると被告人に言うので、右の件については右髙山に交渉を一任することにした。

5  その後二か月位たつた同年九月初めころ、右髙山が被告人方に来て、「林が駐車場用地を売ると言つている。銀行と話し合いをするのに必要だということなので、種子田(被告人)が買うという申込書を書いてくれ。」と言うので、被告人は髙山に対し、「一坪当たり二二〇万円、現金一括取引、取引は三、四日後にすませたい。」旨の買入申込書の原文を書いて渡し、林との交渉を続けてくれるように頼んだ。しかし、その後、髙山は被告人に対し、「駐車場用地買収の件は、右土地が裁判沙汰になつているため取引ができないということで林から断わられた。」旨伝えてきた。ところが、髙山が、なおも話をまとめてみせると言うので、その後も交渉を一任しておいたが、交渉は一向進展しないまま越年した。

6  そして、翌五七年二月になつて、右髙山が被告人方を訪れ、「林が、右駐車場用地のうち四〇坪なら売つてもよいと言つている。」旨伝えてきたが、被告人は姫野から、トルコ風呂(営業)をやるには五〇坪位の建物が必要であるという話を聞いていたので、髙山に対し、五〇坪の線で、坪単価二〇〇万円で交渉を進めてくれと頼んだが、交渉はまたしてもすぐにはまとまらなかつた。しかし、同人は同月二一日付で二回目の買入申込書を右林に差入れているということで、被告人に対し、この話は一〇〇パーセントまとめる自信があるので、トルコ風呂用建物の建築準備は進めておいてもらつてよい旨述べた。

7  ところが、ちょうどそのころ、姫野が、「大阪に、ロールスロイスという、社長好みのヨーロッパ調のトルコがあるので、それをモデルにしてトルコを造つてもらえないか。一二月がかき入れ時なので年内にオープンしたい。」旨、被告人に言つてきた。そこで、被告人は、用地買収の件は右髙山を信頼し、同人が必ず話をまとめてくれるものと考え、用地未決定のまま見切り発車の格好でトルコ風呂用建物の建築準備にとりかかることにした。そして、まず、同年三月半ばころ、被告人の自宅や被告会社の事務所の建築工事を請負つてもらつたことなどで知り合いの川口建設株式会社の代表取締役である川口富雄(宮崎県都城市居住)と右姫野を自宅に呼び、右川口に対し、「西橘通りのチヤイナビルの前の駐車場(用地)を五〇坪買い取る交渉を進めている。そこにトルコを建てたいので、その工事をお願いしたい。まだ土地を買い取つたわけではないので、工事の件については土地所有者の林には黙つておいてもらいたい。」旨依頼し、かつ、「この姫野がトルコをやりたいと言つているので、トルコを建てて、貸してやることにした。」旨話し、姫野はその席で右川口に対し、「大阪に、ロールスロイスという豪華なトルコがあるので、それをモデルにして造つてください。」旨頼んだ。また、被告人は、右川口に対し、「いつ警察の手入れがあるかもわからないので、トルコとしてしか使えないような構造の建物ではなく、手入れを受けた後もテナント(貸事務所など)として使えるように配慮して設計してもらいたい。」旨注文をつけた。そして、結局、右大阪所在のロールスロイスの建物を見ないことには見積りができないということで、右川口及び姫野の両名に大阪に行つてもらうことにした。被告人はその際姫野に対し、「大阪所在の気に入つたトルコと同じトルコを作ればいいじやないか。設計をした先生を探して設計図を買い取れば安くすむのではないか。」などと述べた。それから間もなく右姫野と右川口は大阪へ行き、右トルコ・ロールスロイスの建物の設計をした株式会社エヌシー建築設計事務所の泉泰浩をたずね、トルコ風呂用建物の設計を依頼し、設計上の注文、設計費用予算額などの用向きを話し、さらに右設計図買い取りの件などを持ち出した。しかし、設計図買い取りの件は結局無駄であるとわかり、ともかく、トルコ風呂用建物建築についての現地における関係法規による規制状況や建築現場の見分等が先決であるとして、右泉が宮崎の現地を下見に赴くことになり、姫野は宮崎に帰ると直ぐに以上の経過を被告人に報告した。そして、同年三月二三日に右泉が宮崎に来たので、被告人は姫野に宮崎空港まで右泉を出迎えに行かせ、他方右川口にも自宅に来てもらい、トルコ風呂用建物の設計についての打合わせをしたが、やや遅れて来た川口建設の長友安博(本件建物建築の現場監督にあたることになつていた者)も途中からこれに加わつた。被告人は右の打合わせで、トルコ風呂営業をするについては警察の手入れがあることを慮り、右建物がトルコ風呂営業用として使えなくなつたときでも、貸事務所やスナツク店用として転用できるように設計してもらおうと考え、右泉に対し、右建物の天井の高さ、エレベーターやトイレの設置場所、各部屋の間仕切り等につき種々配慮してもらいたい旨依頼した。そのあと、右泉は、姫野や長友らの案内で市役所の建築指導課や保健所をまわり、本件建築予定地にトルコ風呂用建物を建築して営業することが法規の規制上からも可能であることを確認し、さらに建築予定地に赴き、同地及び周辺の状況等をも下見した。そして、右泉は帰阪すると、すぐに一般図面の作成にとりかかつた。ところが、同年四月七、八日ころ、右泉は、姫野や川口らから、「川口建設はこれまでにトルコ風呂を建築したことがないので、大阪所在のトルコ・ロールスロイスの建物の内装や外装を実際に見て説明を受けたい。」旨の連絡を受けたので、右ロールスロイスの店長・松谷某に事情を話し、その旨の承諾を得た。そして、被告人は、同月九日、右姫野、川口、長友らと上阪し、翌一〇日宿泊先のロイヤルホテルで右泉に会い、同人から右一般図面に基づいて説明を受け、そのあと、右ロールスロイス店の視察に赴いた。なお、当日、被告人は右ホテルにおいて右泉に対し、設計料の一部として二〇〇万円の被告会社の小切手で支払つた。

8  そして、右泉は同年五月下旬に本設計図を作成のうえ右川口建設に送付し、これをうけて右川口建設は同年六月中に工事見積書を被告人のもとに届けたが、被告人からの申入れにより設計の一部変更をし、最終的には、本件建物の外装工事を六、〇〇〇万円、内装工事を五、〇〇〇万円、総額一億一、〇〇〇万円で請負うことにした。他方、右髙山に依頼していた用地買収の件も同年七月初めころようやく話がまとまり、前記駐車場用地の一部である宮崎市橘通西三丁目一九番八、宅地一六五・二七平方メートルを代金九、五〇〇万円で右林訓〓から被告会社が買受ける旨の契約が成立し、同月一三日までに代金の授受を終え、その旨の所有権移転登記を了した。かくして、それから間もなく右川口建設は工事に着工し、同年一二月初めに本件建物を竣工させ、そのころ被告会社に引渡した。一方、姫野はこの間に営業開始のための諸準備に走り回り、被告人から多額の資金援助を受けたうえ、右のトルコ営業にあたるべき会社の設立を目論み、個室付公衆浴場の経営などを営業目的とし、商号を「ロールスロイス観光株式会社」とする会社の設立手続をすませ、同年一一月四日に右会社設立の登記をし、自ら代表取締役に就任した。次いで、被告会社の代表取締役である被告人は、同年一二月七日、被告会社本店事務所において、右ロールスロイス観光株式会社に対し、被告会社所有の本件建物を、賃貸借期間一年間、敷金八〇〇万円、賃料月額三五〇万円の約定で賃貸して引渡した。右ロールスロイス観光株式会社は同月一四日付で個室付公衆浴場の営業許可を受け、翌一五日から営業を開始した。そして右の営業内容は、右姫野が、昭和五六年七月初めころ、本件建物の建築、貸与方を被告人に依頼した折に、資料を示して被告人に説明した「トルコ立花」のころと同様の仕組みを踏襲するもので、トルコ嬢と称する売春婦に対し右建物の浴場付個室を売春の場所として提供することを業とするものであつた。なお、右姫野は、右営業開始後、家賃の支払いの外に、毎日の売上げの中から金一〇万円を除外し、これを被告人に対する借金の返済に当てることにし、遅くとも昭和五八年五月ころから被告人に支払いをしはじめ、本件により警察の摘発を受ける直前の同年一一月二〇日ころまで続けた。ところで、被告人の説明によれば、右金員については、姫野が川口建設に支払うことを約束した内装工事代金五、〇〇〇万円(被告会社が支払いを保証しているもの。)の支払いがすんだあとで清算することにしていたが、姫野からの工事代金の支払いが未了のため、右金員についても清算がすんでいない状態であるということである。

9  なお、被告人は、右姫野に対し、右ロールスロイス観光株式会社設立の際に、資本金として金一、〇〇〇万円を、営業開始の直前に必要備品代として金一三〇万円を貸与した外、昭和五八年一一月までに、昭和五六年四月六日貸付の金一、〇〇〇万円を含めて、合計金四、八四〇万円を貸付けたが、被告人はそのうちの一、四〇〇万円につき、担保物件の処分により弁済を受けたのみである。

以上の事実が認められる。

右姫野早美の原審公判廷における供述並びに被告人の原審及び当審公判廷における各供述中、右認定に反する部分は、不自然、不合理であつて、原判決挙示の右各人の検察官に対する供述調書をはじめとする関係各証拠に対比して措信できない。右認定の事実を総合すれば、被告人丸益通商株式会社の代表取締役である被告人が、被告会社の業務に関し、原判示日時ころ、原判示場所において、ロールスロイス観光株式会社に対し、原判示建物を、原判示の情を知りながら、原判示約定のもとに賃貸して引越し、もつて、情を知つて、売春を行う場所を提供することを業とするのに要する建物を提供したものであることは明らかであるといわざるをえない。

所論は、右姫野早美の検察官に対する昭和五八年一二月一四日付、昭和五九年一月九日付、同月二二日付各供述調書(謄本)は、取調べ捜査官の取調べ状況あるいは同人の右供述に至る経緯等に徴し、刑事訴訟法三二一条一項二号所定のいわゆる特信性に欠け、またその供述内容にも信用性がない旨主張する。しかしながら、右検察官に対する各供述調書の特信性の点については、原判決が前記項目(若干の争点に対する判断)の一において適切に説示するところであり、当裁判所もこれを正当として肯認することができ、右姫野の原審公判廷における供述よりも同人の前記検察官に対する各供述調書における供述の方が、より信用すべき特別の情況にあつたものというべきことは明らかであつて、右各供述調書を刑事訴訟法三二一条一項二号書面として採用した原審の措置には何ら違法のかどはない。また、右各供述調書は、原判決の右説示する諸点に加えて、本人が真実体験したのでなければ述べることのできない迫真性に富んだ部分を多数含んでおり、その信用性も十分肯認することができるものというべきである。

次に所論は、被告人の検察官に対する各供述調書は、被告人に対する勾留の長期化によつて被告人の経営する会社の運営や事実上に与える支障並びに家庭に及ぼす影響等、被告人の早期釈放を必要とする切迫した情況の存在に加えて、当時の取調べ捜査官であつた宮崎北警察署警察官菊地定利から、自白すれば早期に釈放される旨説得され、それに応じて、やむをえず真実に反する自白をするに至るなどの取調べ情況等に徴し、いずれも任意性に欠けるものであり、また、その各供述内容にも信用性がない旨主張する。しかしながら、被告人の検察官に対する各供述調書の任意性の点についても、原判決が前記項目(若干の争点に対する判断)の二において適切に説示するところであり、当裁判所もこれを正当として肯認することができるのであつて、被告人の右各供述調書の任意性に疑いがあると窺わせるものは何ら見出せず、むしろ十分に任意性を肯定するに足りるというべきであり、また右各供述調書は、原判決の右説示する諸点に加えて、被告人が真実体験したのでなければ述べることのできない迫真性に富んだ部分を数多く含んでおり、その信用性も十分肯認するに足りるものというべきである。

さらに所論は、本件の建物提供罪(売春防止法一三条一項)のいわゆる知情性については、提供する建物が売春防止法一一条二項の「売春を行う場所を提供する業」に使用されるという認識または予見が必要であり、そして右の認識または予見は、一般的に当該建物が売春に利用されるかも知れないとの抽象的認識、予見では足りず、売春がある程度特定されていることが必要であり、単なる未必的故意の程度では足りないと解すべきであるところ、被告人は、週刊紙等の記事によりトルコ風呂で売春が行われるとの一般的認識はあつたかも知れないが、現実のこととしての具体的認識は全くなかつたものであり、本件建物をロールスロイス観光株式会社に賃貸するに際しても、被告人は、同会社代表取締役姫野が右建物を業として売春を行う場所に提供しようとしていることを具体的に認識、予見していなかつたものであるから、右の知情性は肯定し得ない旨、種々の点をあげて縷々主張している。しかしながら、売春防止法一三条一項の罪の知情性については、その建物等の提供を受ける者が同法一一条二項所定の売春を行う場所を提供することを業とし、かつ、当該建物等をその業のために使用するものであることにつき、少なくとも未必的な認識、予見があれば足りるものと解すべきところ、さきに認定した本件の具体的な事実関係、とりわけ、本件建物建築の動機、建物建築を決意するまでの資料等の調査及びこれについての姫野の説明等によるトルコ風呂営業の実態ないしは収支関係等の実情の把握、用地買収及び本件建物の設計、着工、竣工に至るまでの経緯並びにロールスロイス観光株式会社の設立及び本件建物賃貸借の経緯、本件用地及び建物に対する投下資本の額が極めて多額であること及び姫野個人に対する金融の実情とその債権回収の状況等に徴すれば、被告人において、前記ロールスロイス観光株式会社代表取締役姫野が本件建物の浴場付個室を売春の場所として提供することを業とし、本件建物をその業のために使用することにつき、少なくとも未必的な認識、予見を有していたことが明らかであつて、右の知情性は優にこれを肯認しうるものというべきである。所論は、いずれも信用性のない、右姫野の原審公判廷における供述及び被告人の原審及び当審公判廷における各供述(いずれも所論に副う部分)に依拠し、あるいは右の知情性の認定の何ら妨げとならない事実もしくは証拠上認定し得ない事実等をもとにして、かつ独自の見解に基づいて、原判決の右の点についての認定判断を非難するものに過ぎず、採ることができない。

その他、所論にかんがみ記録を精査しても、原判示認定に合理的な疑いをいだかしめるものは何ら発見できず、原判決には所論のような判決に影響を及ぼすべき事実誤認のかどはなく、ひいて法令適用の誤りもない。論旨は理由がない。

控訴趣意中、最刑不当の主張(第一の二)について

所論は要するに、被告人丸益通商株式会社を罰金二〇万円に、被告人種子田益夫を懲役一年(ただし、三年間執行猶予)及び罰金二〇万円にそれぞれ処した原判決の各量刑は、いずれも重きに過ぎ不当である、というものである。

そこで、記録を調査し、かつ、当審における事実取調べの結果をも加えて検討するに、本件事案の罪質、動機、態様、結果及び犯罪後の情況並びに被告人の前歴等、とりわけ、本件は原判示のとおり、被告人が被告会社の業務に関し、右被告会社所有の本件建物を、ロールスロイス観光株式会社代表取締役姫野早美が、トルコ嬢と称する売春婦に対し右建物の浴場付個室を売春の場所として提供することを業とするものであることの情を知りながら、原判示約定で右会社に賃貸して引渡し、もつて情を知つて売春を行う場所を提供することを業とするのに要する建物を提供したという売春防止法違反の事案であるところ、被告人の本件犯行の動機等をみると、被告人はただ単に右姫野に対する貸金の回収をはかるという意図だけでなく、多額の利益をあげることをも目論み、莫大な資本を投下して、わざわざ用地を買収したうえ本件建物を新築して賃貸したものであつて、しかも右個室付浴場営業を目的とする右ロールスロイス観光株式会社の設立にも深くかかわつており(前記認定の事案の外、同会社の登記簿謄本によると被告人と重要な関係にあると窺われる者が取締役や監査役にも就任し、また被告人の肩書住居地と同じ場所に支店を設置していることも認められる。)しかも、本件が、売春の場所提供を業とする旨の右姫野の売春防止法違反の犯罪行為を助長したにとどまらず、同人の右犯行に極めて大きな影響を与えていること、また本件は、私利私欲のため、賃貸料収入という名目ではあるが、帰するところは売春料の一部を搾取するということによつて多大の利益をあげようとしたもので、人の尊厳を無視した極めて非人道的な行為であり、既に社会的に相当の地位にある被告人としては、それだけになお厳しい社会的非難を浴びせられても然るべきであること、被告会社は本件建物の賃貸により月額三五〇万円もの多額の家賃収入を得ることになり、被告人個人も僅か一年足らずの間に右姫野から約一、八〇〇万円もの借金の返済を受けていること、被告人は原審公判の当初から、捜査段階での自白をひるがえして、ことさらに、いわゆる知情性について認識がなかつた旨主張して不自然不合理な弁解を重ねるなどし、本件についての真摯な反省のあとがみられないことなどに徴すると、本件の犯情は悪質であり、被告人及び被告会社の刑責にはいずれも重いものがあるというべきである。してみれば、所論指摘の諸事情(ただし以上の認定、説示に反する点は認めえないので除く。)をはじめ、被告人の身上、経歴、家庭の事情、現在の境遇等、被告人両名につきそれぞれ有利な情状をすべて斟酌し、かつ、同種事案の量刑例などと対比してみても、原判決の各量刑はいずれもやむをえないところであつて、重きに過ぎ不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、本件各控訴は理由がないから、刑事訴訟法三九六条によりいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

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